犬好きの日記

犬好きが書くブログ。特に犬の話をするわけではない。

佐々大河「ふしぎの国のバード」で旅する異国

佐々大河先生の描く旅行記マンガ「ふしぎの国のバード」

このマンガで描かれる「ふしぎの国」とはなんと日本のことであり、明治初期の地方文化を紹介した書籍「日本奥地紀行」が下敷きとなっている。

本の作者であり主人公のイザベラ・バード女史の目を通して、当時の日本(主に地方)の文化風習が生き生きと描写されており、単なる旅行記に留まらないストーリー展開も含めとにかく面白い。

コロナのせいで旅行に行きたくても行けない人はこのマンガを読んで、ちょっとタイムスリップしてみてはいかがだろうか。

完全に異世界な明治の日本

ふしぎの国のバード 1巻 (HARTA COMIX)

ふしぎの国のバード 1巻 (HARTA COMIX)

 

このマンガを初めて見たときは、失礼ながら森薫みたいな人が出てきたなー」と思った。

これは自分だけでなく一緒に本屋を巡っていた友人も同じ感想を抱いていたから、多分的外れではないはずだ。

主に絵の感じや歴史・風俗を題材に扱っている点を見てそう思ったわけだが、中身を読んでみるとそれがかなり見当はずれな考えだとわかった。

確かに、絵の描き込みは凄い。

兎に角『正確に描写しよう』という作者の意気込みが随所に感じられ、そこは森薫先生に通じるものがあった。

だが、題材が外ならぬ日本だ。

それも、明治初期というそれほど遠くもない過去の日本である。

19世紀の中央アジアが舞台の「乙嫁語り」よりは自分たちにとって身近であり、知識だってそれなりにあるはずだ。

それこそ創作でも、明治時代を扱ったものは幾らでもある。

有名なところならマンガ「るろうに剣心」や「日露戦争物語」、マニアックな作品なら「八雲百怪」などなど。

映画やドラマなどの映像作品でもよく取り上げられるし、特に歴史好きな人でなくともまったく知識が無いわけがない。

だが、このマンガの中で描かれている日本はどうだろう。

これが本当に自分たちの今住んでいる国なのだろうか?

大多数の国民が和装なのはまあ分かるとしても、お歯黒をした女性や異人(外国人)に対してあまりにも無知蒙昧な一般人たち。

老若男女問わず殆ど裸同然の恰好で生活し、混浴風呂にだって平気で入る。

特にバードが好んで探訪する地方では、貧困と不衛生は当たり前の事で、戊辰戦争の爪痕もまだ深い。

食生活はあまりにも質素で、肉はおろか魚すらほとんど食べる習慣がないという。

原作ありきとは言えそういった当時の日本の現実を、佐々大河先生は容赦なく絵に起こしていく。

歴史モノのドラマや映画は数多あれど、ここまで正確には作られていない。

視聴者はドラマにリアリティを求めつつも、都合の悪いものは見たくないものだ。

人気女優やアイドルが眉毛を剃ってお歯黒を入れたりしていたら、絶対にクレームがくるだろう。

イザベラ・バードと伊藤鶴吉の関係性

このマンガのテーマは言わずもがな、「当時の先進国イギリス人から見た東洋の島国日本」という所謂カルチャーショックなのだが、もう一つ主軸となるものがある。

それが、主人公バードと伊藤の関係性だ。

バードはイギリスでは著名な女性冒険家(レディトラベラー)で、これまでに世界各地を冒険した体験を旅行記として出版している有名人である。

そんな彼女が満を持して新たな挑戦の場として選んだのが、近年世界にその存在が知られ出したばかりの未開の島国「日本」だった。

横浜から東北、そして最終目的地として蝦夷ヶ島を目指しており、道中見聞きしたその土地の文化風習を彼女は貪欲に学び書き記していく。

たびたび引き合いに出して申し訳ないが、「乙嫁語り」に登場するスミス氏のような位置づけである。

一方、バードに通訳として雇われた伊藤は、当時の日本では考えられないほどに流暢な英語を操り、しかも類を見ない有能さでバードをサポートする。

通訳としての仕事に誇りを持つ伊藤は、バードに「伊藤、あれは何?」と聞かれると淀みなく答えを返す。

それは、バードと同じくそれを「初めてみる」自分たち読者にも、新しいことを知る喜びを与えてくれる。

宿および馬の手配だけでなく、洗濯などの雑事や旅先での交渉、時には料理まで作ってしまう万能さに加え、バードを危険から守ろうと体を張る伊藤。

金にがめつく甘いものに目がないところをバードに呆れられながらも、旅を通してバードの伊藤への信頼感はどんどん高まり続けていく。

そして伊藤も、バードに対し淡い感情を抱き始める(ように見える)。

もちろん、この辺りの2人の関係性は旅行記からは読み取る事ができない類のものなので、恐らく作者の創作だろう。

もしかすると、中島京子の小説「イトウの恋」にインスパイアされているのかもしれない。

イトウの恋 (講談社文庫)

イトウの恋 (講談社文庫)

  • 作者:中島 京子
  • 発売日: 2008/03/14
  • メディア: 文庫
 

文明国から見た未開の地

イギリスは現在でも存在感の大きい国だが、当時の状況は現在とは大きく違う。

明治初期のイギリスと言えば、大英帝国というくらいで世界でもトップの文明国だった。

そんなイギリス人のバードから見た日本の、なんとみすぼらしいことか。

戊辰戦争を経て、とにかく先進諸国に追いつけ追い越せと躍起になっていた当時の日本は、自分たちの文化を捨てどんどん西洋化を進めていく。

それに違和感と残念な気持ちを覚えながらも、今なお残る風習を「完全に消えてしまわないうちに」書き残したいとバードは筆を走らせる。

未知のものに触れたいと過酷な道を歩きながらも、時には故郷が恋しくなり「お肉が食べたい!ミルクが飲みたい!」と叫んだり、日本食の不味さに愚痴を零したりする。

もっとも、旅先で出てくる料理の殆どは質素すぎたり不衛生であったりで、現代の日本人でも食べられたものではないだろう。

時には死にそうな目にあったり、人々に偏見の目で見られ(時には同じイギリス人からも)傷つきながらも、バードは諦めない。

どんな目に会おうとも、行く先々で出会う景色に感動し、人々との交流を楽しみ、風俗に戸惑いながら、それを「面白い」と感じ受け入れていくのだ。

この辺りは彼女の持つ人生観が大いに関係している。

生まれつきの持病を抱えうつ状態だった若かりし頃のバードが、ある事を切欠に文字通り「生まれ変わる」ストーリーが収録された5巻を是非読んで欲しい。

一方、バードと対極の位置にいる伊藤は、同じものを見てまた違う感想を抱く。

伊藤は彼なりに日本の文化に誇りを持っており、何よりそれを正しくバードに伝えたいと思っている。

だがなまじ通訳としてイギリスやアメリカの進んだ文化と触れる機会の多い伊藤は、どうしてもそれを自国と比べ劣等感を持ってしまうのだ。

政府の方針と同じく、「恥ずべき風習は捨て、日本もどんどん近代化(西洋化)するべき」と考える伊藤にとって、バードが特に知りたがる古臭い習慣は忌むべきものなのである。

しかも、横浜という都会に育った彼にとっては、地方の劣悪な環境や前時代的な風習は見るに堪えない。

バードと違い、自分の国の事であるからこそ、目をそらしたくなるのだ。

マリーズ氏の登場と今後の行方

現在6巻まで刊行されている「ふしぎの国のバード」だが、いよいよ次巻では秋田に到着する。

そこで問題となってくるのが、3巻から登場していたマリーズ氏の存在だ。

マリーズ氏とは伊藤の前雇用主であり、彼に正しい英語と仕事の仕方を教え込んだ恩人でもある。

世界中の珍しい植物を採取しイギリスに持ち帰るのが仕事の「プラントハンター」だ。

その彼が契約書を武器に、伊藤を連れ戻そうとする。

ただ彼の目的はあくまでも日本にある珍しい植物であり、日本の文化に対して経緯などは持っていない。(もっともマリーズ氏はえらい美形に描かれているので、一部の人には好評かもしれない)

当然、伊藤の方は彼の事を嫌っており、一度はマリーズ氏からの手紙を無視しバードと仕事をすることを選ぶ。

そりゃあ例え今以上の給料を出すと言われても、自分のやり方以外認めず文字通り部下に暴力を振るうパワハラ上司より、日本の文化に興味アリアリできちんと休日だってくれる上司の方が良いだろう。

だがバードの持病が発覚したことで状況は一変する。

伊藤はバードの身を案じ、「秋田に着いたら自分は横浜のマリーズ氏のところに戻る」と告げる。

それに対しバードは「結論を急ぐことはない」と説き伏せるが・・・。

次巻ではいよいよ、この展開に決着がつく筈である。

 

果たしてバードと伊藤の旅はどうなるのか?

明らかにバードを意識しだしている伊藤は、バードの婚約者の存在を知ってどうするのか?

新キャラの小林先生はまた登場するのか?

恐らく5月頃になるであろう、7巻の発売が楽しみである。

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)