西餅「ハルロック」でよく分かる電子工作のマイナーさ
このマンガの根底にあるのは、「好き」を突き詰めることの幸せである。
マイナーな趣味嗜好を持つ人は古今東西いると思うが、そんな人たちが感じてきたであろう「普通じゃない」ことの生きにくさをこのマンガは全力で肯定してくれる。
全5巻という短さが示す通り、お世辞にも世間的に大好評だったとは言えないこのマンガ。
だが、それでいい。
だって、マイナーだからこそ意義がある。
普通なら何も面白くはない。
電子工作が好きな人もそうじゃない人も、あまり一般的じゃない趣味を持つ人は、このマンガの主人公ハルちゃんにきっと共感できるはずだ。
「ハルロック」ってどんなマンガ?
このマンガは、以前別の記事に書いた「僕はまだ野球を知らない」の作者西餅先生の2作品目であり、初の女の子が主人公である。
だが、「電子工作×女子大生=今まで見たこともないマンガ!」と銘打たれている通り、これが一筋縄ではいかない。
主人公の向坂晴(さきさかはる:通称ハルちゃん)は都内の大学に通う女子大生だが、そんな彼女の趣味はなんと電子工作だ。
高校時代の恩師、河原崎数一先生の指導の元ハードを自作する喜びにどっぷりと浸かってしまった彼女は、毎日大学と秋葉原を往復する。
「花の女子大生がなにをやってるんだ」と母親には心配されるが、ハルちゃんは何も気に病まない。
「毎日こんなに楽しいんだから何も心配ないと思うけどな~。」
と、今日もパーツ屋で面白いものを見つけては目を輝かせたり、秋葉原で知り合った同じく電子工作好きのスーパー小学生と仲良くなったりして毎日楽しく過ごしている。
幼馴染の真下や大学でできた貴重な友人たちに囲まれながら、不可思議な発想で作成したツールを使い、周囲の人たちのお悩みを次々解決していく。
時には「やっぱり自分って普通じゃないのかな・・・」と悩みながらも次第に仲間も増え、なんとついには在学中に起業までしてしまうのだ!
正直、電子工作の知識が無いとハルちゃんが一体何を言っているのかさっぱり分からない部分も多いのだが、そこはまあ分かる人だけ分かればよい。
このマンガではハルちゃんの独特な思考回路と、周囲の人間の反応を面白がれればそれで良いと思う。
普通じゃない事の悩み
「普通」とはなんだろう?
恐らく人生で一度は疑問に思った事があるはずだ。
ちょっとでも王道から外れた事をすると、「普通じゃない」と言われ疎外感を感じてしまい、そんな自分を恥ずかしく思ったりいたたまれなくなって、必死で周囲に合わせようとしてしまう・・・。
西餅先生のマンガは、そんな人々に勇気と一種の「解」をくれるのだ。
このマンガの主人公ハルちゃんも、作中で度々この壁にぶち当たる。
電子工作なんて、ハッキリ言ってあまり一般的な趣味ではない。
とくに女の子がハマる趣味としては、かなり微妙である。
ゆえに、ハルちゃんは悩む。
「世の中には女の子の趣味として歓迎されるものと、そうじゃないものがあるんだ。」と。
仲良くなった近所の小学生(通称うに先輩)が、同級生から「ハカセ」と呼ばれ尊敬され、父親からも全力でその才能を応援されているのとは裏腹に、ハルちゃんは肩身が狭いのだ。
この辺りは、古くは川原泉先生の「ふしぎなマリナー」を彷彿とさせる。
この話の主人公も、エリート一家に生まれた生粋のお嬢様にも関わらず、趣味が魚釣りなためにお上品なご学友と全く話が合わないというキャラクターだった。
世の中にはコアな趣味を持つ裏の顔と表の顔を両立させるハイブリッドな人種も存在するが、大抵の場合において趣味人とは孤独な生き物である。
ハルちゃんも高校時代は女友達のオシャレトークについて行けなかったり、うっかり電子工作の素晴らしさについて語ってしまったために周囲にドン引かれたりする。
趣味が高じておそらく文系にも関わらず筑波大学(多分理工学部あたり)を受験したものの落ちてしまい、仕方なく後期試験で合格した総合大学の社会学部に入学する。
多分、こういう経験をした人って結構いるんじゃないだろうか。
第一線には行けなかったけど、それでも「好きだから」学校の勉強以外は全てを電子工作に捧げ、最後は一見無関係に見えた社会学部での学びすら電子工作に結び付けてしまう。
それは、彼女が「好き」を貫いた事の結果なのだ。
価値観は人それぞれ
ハルちゃんは自分でも自覚するほどに、世間ずれしている。
ぼーっと好きなことだけをして生きてきた結果、大学生にもなってお化粧にもオシャレにもまったく興味がないし出来ない。
むろん、異性を好きになったり彼氏を作ったりもしない。
その理由は、彼女の中ではそれらの優先順位が限りなく低いからだ。
せっかく顔が可愛いのに、服はお母さんが用意した服をただ毎日機械的に着るだけ。
友達に付き合って行った化粧品コーナーでは、休日無理やり買い物に付き合わされたお父さんのような魂の抜けた顔になってしまう。
「社会人になったら身だしなみだって重要になってくるし、まったくしないのはおかしい」、「その若さでオシャレにも恋愛にも興味がなく、毎日電子工作の事ばかり考えてるのって変だと思う」と友人の小松さんに言われショックを受けつつも、
ハル「だからってファンデーションに5千円も出せるかっていうと・・・」
うに先輩「Arduino Unoが買えるじゃない」
ハル「そうなのよ」
あくまでも自分の中に譲れない一線があり、ブレないハルちゃんなのであった。
変な趣味を持つ娘とそれを心配する両親
上にも書いた通りハルちゃんは世間ずれしており、また人とのコミュニケーションも達者とは言い難い。
攻撃的なタイプのオタクではないので嫌われたり憎まれたりこそしないものの、独特の感性でもって世界を認識しているので他人の感情の機微に疎く、悪気なくお母さんや友達を怒らせたりする。
そんなハルちゃんを両親は心配し、特にお母さんは「娘が友達を家に連れてくる」と聞いただけで大はしゃぎしたり、「娘が朝帰りをした後、話があると言い出す」シチュエーションに「彼氏フラグキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」と拳を振り上げたりする。
娘を愛するが故にハルちゃんの趣味に口出しこそしないものの、内心はかなり心配してくれているのである。
恐らくハルちゃんもその辺は察しており、自分の好きにさせてくれる両親に対して感謝の念を持っている。
親が自分の意見を強引に押し付けたりせずに、応援とはいかなくとも肯定してくれる事のありがたみを噛みしめているのだ。
また上にも書いた通り、ハルちゃんは異性に興味がない。
目ぼしいのを探そうにも、ハルちゃんの周囲にいる男性がウニ先輩(小学生)と幼馴染の真下(ストーカー)と河原崎先生(壮年)くらいなので、これがまたお母さんの頭を悩ませる。
まあ真下くんは父親譲りのストーカー体質とは言え、それ以外はスペックが高いのでこの先順当に行けば彼に軍配が上がるだろう。
実は筑波大学にアルバイトに行った際、「真空管の奏でる音色に感動するような女性がタイプ」という妙なイケメンとお近づきになっていたのだが、こちらは数話で消えてしまった。
恐らくこの頃には打ち切りが決まっていたのかもしれない。
一人娘ゆえに、どうしてもハルちゃんに「女の子らしい生き方」を期待してしまうお母さん。
だが、実はハルちゃんのお母さんだって若い頃は前歯を飛ばすほどの情熱を持って女子野球チームで捕手をしていた人であり、こちらも「女の子らしい」趣味かと言われれば一般的には首を傾げるところだろう。
多分ハルちゃんがそっち方面に行っていれば、お母さんは大喜びで娘を応援していたに違いないのである。